来世(futures)

文学フリマ東京41 発表作品

「王の部分と蒼いロボ」:反-重力連盟『圏外通信 2025 亜』所収 原稿用紙40枚

◆あらすじ
 妹の発見した陰茎様構造の成長を見守る「ぼく」の日々。やがて王が勃ち、国が興り、そして未来の月世界では……

◆かきだし

    王の部分と蒼いロボ

   一

 わが妹がそれを神社の境内、社務所の裏手で見つけたときには、まだまだ可愛いものだった。送られてきた画像には「やばいキノコあった」とのキャプションが付され、一目にはシリコーンゴム製の精巧なディルドーではないかと感想したものだったが、妹はキノコであるとして譲らない。
「だって、大きくなってんだよ」日に日に、ということらしかった。  大きくなっているのは秘密裏に懐妊した妹のお腹も同様で、まだまだ目立たないものの頻回に送りつけてくる横っ腹のめでたい盛り上がりに、わたしはうまいコメントを思いつけないでいた。
 落ち葉の積み重なる湿った腐葉土を下から割って、生白い亀頭はつややかに、憂いを帯びた尿道口の虚《うろ》からドレープのような襞もゆるやかに、とにかくあまりにあまりな形状は見るからに性成熟したヒトのオスのペニスであって、すておけばいいものを妹の好奇心はとどまるところを知らなかった。
 報告は続いた。いわく、人肌程度の温もりがあり、怒張というほどではないが、それが本物であったとして、すぐにでもお役目を果たせそうなほどの固さであるという。とくに分泌物もなく、結局よくはわからない。人間の埋め置いたいたずらか、はたまた大自然のいたずらかはさておき、「そんなもん触るでないよ」とわたし。「変態が埋まってたりはしないか」
「ひえっ」妹は多少ひるみ、しかし翌々日には園芸用のスコップ一本でブツの周囲を掘り散らかした旨報告が上がる。
 結果から言って、それは本物ではなく、もちろんキノコでも植物でもディルドーでもないようだった。掘られて暗い穴を撮った写真はフラッシュを焚かれ、鋭い陰影のなかには網目状に発達した地下部三十センチ、地上部二十センチほどかという陰茎が屹立していた。
 チン現象である。
 わたしはとりあえず上司への報告を勧めた。

 言い忘れていたことだが、妹は神職である。いわゆる巫女さん、ということになる。妹の上司つまり宮司はこれを神威の示現であると捉え、神道復興の得難い機会であると確信したらしい。
 ちなみにこの宮司氏は、結婚してからの妹に対しては辞職を遠回しに勧め続けてしかし、ここへきてなんだかありがたみのあるご顕現を前に何かそいつと妹との繋がりを長年培ってきたその職業的宗教的色眼鏡で見出したのか態度は軟化したという。つまりは咎を畏れたのである。
 金精神か大黒天か、男根信仰と祭事の結びつきは珍しいことでもない。対象が真に迫っているというだけのことだ。とにかく、もとあった社務所は解体され、神名備というか磐座というか、急ごしらえの祭壇が出現し、インターネットはもとより全国メディアにも取り上げられ、やがて境内は参拝客で埋め尽くされた。
 その様子は、わたしの眼からもギリギリ視えなくもなかった。

 言い忘れていたことだが、わたしの身体は星である。本性は眼である。人工衛星である。おおむね、気象観測データを各所に供与して暮らしている。妹は母の子宮に孕み、わたしはどこぞの工場で産声を上げたという違いはあれど、同一の母を製造責任者とする点ではやはり妹はわたしの妹であり、わたしは妹の姉だか兄である。そろぼち、伯父だか伯母だかにもなるはずだった。
 「(妹のことを)よろしく頼む」と母は命じ、しかしわたしにはおしゃべりしか能がない……


「鉄の竜の王」:大戸又編『Novella Stella vol.1』所収 原稿用紙300枚

勇者が魔王を殺します。


なお、連動企画として、フィルムアート社様より、アーシュラ・K・ル=グウィン著『文体の舵をとれ』の副読本、『文体の舵のとり方』に、「鉄の竜の王」の実作と、その合評会の様子が収録されております。