ボーンズ、オートマティック あとがき

巨大健造

 レゴブロックという玩具がある。凹凸のある煉瓦ブリック形を基本単位として、ブロック上部の突起と、下部の空洞とが適度な嵌合感をもって結合する。ブロック同士は高い互換性をもち、ほとんど無限とさえ言える造形の表現力を備えている。こんな説明はそもそも不要であり、世界中の子どもたちは歴史あるこの画期的な発明品に遊び、デモクリトスの原子論に思いを馳せたり馳せなかったりする、そんな経験を憶えている読者諸賢も少なくはないだろう。
 わたし自身がもっともよく遊んだのは、典型的なブリック・タイプのレゴではなかった。レゴにはテクニックと呼ばれるシリーズがあり、これはブリックタイプとは結合様式が異なり、ブロック同士はペグ(円筒形の軸)あるいはシャフト(断面が十字形の軸)によって繋ぎ合わされる。もっぱら自動車やロボットなど、その名の通りメカニカルなテーマの商品に採用され、ギアやモーターなどを用いた動力系を構築することも容易なことから、工学教育に利用されることも多い。西暦 2001 年、レゴ・テクニックからボーイズ向けキャラクター・フィギュアである、バイオニクル・シリーズが発売された。商品としての特徴は、テクニック・シリーズの汎用パーツを共通としながらも、球体関節パーツを採用することで自由度の高いポージングと組み換えの容易さを実現した点にある。そして何よりも、格好いい。少年・巨大は狂った。ポリネシア神話をベースに展開される王道かつ無闇矢鱈と壮大な背景ストーリーもさることながら、その造形面に惚れ込んだ。ヒーローたちの姿は、とうていヒロイックとは言い難い、半ば異形、半ば呪術的な迫力にあふれて、それは日本の仮面ライダーにも似るところがある(ちなみに「マスク」は作中のキーアイテムであり、ヒーローたちの力の源泉でもある)。メカニカルかつ有機的なパーツ群はどれをとっても物語性を暗示し、拡張性のために開けられたペグやシャフトの穴さえもデザイン的なアクセントとして取り込まれている。キャラクター・フィギュアではあるが、あくまでもレゴ・ブロックの家族であって、組み換え遊びは強く推奨されていた。ヒーローや敵方の商品をいくつか集めると、ストーリー中でも活躍した合体形態を再現することができた。少年・巨大の頭のなかは、寝ても覚めてもバイオニクルのマスク、剣、球体関節、ペグで埋め尽くされた。とくだん裕福な家庭でもなかったので、数少ないパーツ群をひたすら組み換えて、球体関節の球が摩滅してふにゃふにゃになるほどには遊びまくった。とにかく腕を生やすのが好きだった憶えがある。何年かをかけて少しずつ手持ちのセットが充実してきた頃の少年・巨大お気に入りの遊び方のひとつに、亡者球というものがある。まず組み上げたオリジナル・キャラクターたちを、隕石か核爆発か、アポカリプティックな事態を想像しながら、最小単位にまで解体する。すると机(実際は床)の上にはかつて英雄だった、悪漢だった、恐ろしい怪物たちだった屍が拡がることになる。亡者球とは、この陰惨な荒野を構成する全てのパーツを、ひとつの球体にまとめ上げる遊びである。ありとあらゆる接続方法を用いて、いかなる余分も出ないようにするのは、なかなか骨の折れる仕事であり、しかもただくっつければよいというものでもなく、表面に露出するパターンの美観によって採点が変わる。対称性や変形機構を備えているとさらに点数は上がる。完成した亡者球は、歴史の終わりでもあり、あるいは始まりともなった。少年・巨大は何度目かの屍、最小単位アトムの山を前にして、こう考えた。物語は、パーツに内在しているのだ。僕は、パーツの相互作用のうちに可能的に開かれたお話を、登場者を、発掘しているに過ぎない。どんなに細切れになったとしても、いずれ全てのパーツは何者かであった記憶を刻むことになるのだ。
 少年・巨大が本当の意味で詩と出会うには、もうしばらくの時の経過を待たねばならない。

 作品について。
 レゴブロックでコッパードの「幼子は迷いけり」をやってみることだけは事前に決まっていた(なぜと聞かれても困る。どこから来たのかわからない衝迫だからこそ、書く必要が生じる)のだが、そこへ漱石が入り込むなどとは想像すらしていなかった。ふつうは順番が逆のような気もする。当初は結合術アルス・コンビナトリアまわりの話を主軸に据える予定だったが、全てを漱石がかっさらっていく結果となった。ちょこちょこと登場する錬金術関連の用語はその名残である。
 凡と骨からなる「骪」字は、「すておく」とも読めることが判明した瞬間、作品要素の汚泥じみた混濁は急速に澄みあがっていった、ような気がした、ことを憶えている。
 
 ちなみに、レゴ社によるプラスチック製積み木おもちゃ、後にレゴブロックと改名されることになる商品の、発売当時の名称を「オートマ・ビンディング・ブロック(自動結合ブロック)」という。