巻頭言【圏外通信 2021】

文責:巨大健造 

重力とは、愛だ。
 宇宙の果てまでも引き合い、星をつくり、熱と光のみなもととなる。重力は全てを統べ、重力は全てを見つけ、重力は全てを捕らえて、暗闇の中に繋ぎとめる。
 われわれ意識あるものを引きさらうこの力は、いちいち指摘するのもはばかられるほどに、われわれを捉える機会をうかがい、そこかしこで不可視の腕を伸ばしている。どうかすると、逃げ場などはないようにもみえる。
 重力は強大だ。それでいて不可欠なものでもある。重力がなければ、われわれは生きていけないし、大地に立つこともできない。
 しかし、の重力では強すぎるというものたちがいる。軋み声をあげるひとがある。このままでは一点にまで潰れ去ってしまうというものも、きっとわたしたちだけでないはずと信じたのだ。かの力に、真正面から太刀打ちできるなどとは、ましてや独力で抵抗しようなどとは、無論、だれも考えてはいなかった。そうして、今ここに反-重力連盟という連帯が成立したのである。
 ほんの少し、ごく僅かだけでも、この重力を緩めたい。そのための企てがわれわれである。
 いつか重力によって奪われたものを取り戻す。そのための暗躍がわれわれである。
 きたる真に無重力的な日の約束。そのためのあらゆる備えがわれわれである。
 重力の衰えるとき、われわれは少し軽くなる。
 具体的には以下の効能が期待されている:肩凝り・腰痛・不眠の解消、摩天楼の垂直登攀、巨大戦艦の謎飛空、惑星輪の形成撹乱、社会的・生物的な制約からの開放、死後、宇宙幽霊に変じての深宇宙旅行など。

 重力に抵抗する、方法。われわれはその在り処を知っている。この宇宙で、もっとも重力の弱い領域である頭蓋のなかは、しかし皮肉にも各種の重力によって閉じられている。そして頭のなかのものをそのまま取り出したとして、ただちに重力に従い、自由落下するのが関の山だ。
 だからこれは、あるいは敗北の記ともなる。それでも、われわれは試みなければならない。
 全ては心の中だった。それでよかった。今までは。もはやわれわれは妄想の無重力に留まることはできない。重力の支配する場所で、交渉し、妥協点を探っていかなければならない。媒体は何でもよかった。頭の中から重力の世界へと漏れ出して、紙の上に定着し、束の間維持される空隙。圏外となる領域。
 武器となるのは、空転する想像と、星を見上げる視線、それと向こう見ずな愚かしさだけ。目論みの進行につれて、やがて星々は、頭蓋たちは端からゆるゆると砕け散っていくだろう。そこから、新しい無重力が流れ出すだろう。ほんの少し、ごく僅かだけでも。そのためのささやかな試みが、いまあなたの手に収まっている。重力圏外への、これはまあ、お誘いの手紙でもある。

 なぜだか勇気づけられたわれわれは、敗北の宣言にかえて、この言葉をあなたに贈りたい。
 Sit tibi terra levis. どうか大地/地球が、あなたにとって軽くありますように。


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