いつか、夢を見た。
それは。
それは空気のたっぷり詰まった頭。からっぽのバケツ。地表を離れゆくあれら気球、風船、飛行船が告げる別れ。小さな人の突きだす口もとにあって、信じがたいまでに膨らんだバブルガム。露出過多の公園、広場、七色、石鹸水、泛ぶ球。 あまりの眩しさに、遠さにふと俯いた木陰で誰か、あるいは何かが耳元でささやきかける。「目を開いたままで夢見る方法」 重力とは、愛だ。
たぶん、まだ。
われわれが日々の暮らしの中に、ともに暮らすことによってかたちづくっているこの重力。投げかけあう恣意性の凝集体として作り上げられた、理不尽なまでの動きづらさ。これに苦しまずにいる方法は二つだけ。
第一のものは容易い。おまえたちは重力を求め、おまえたちは重力であり、ゆえにおまえは重力を感知することがない。目を、閉じること。
第二のものは危険であり、不断の注意と明敏さを要求する。すなわち重力のただ中にあってなお、その滅びの罅裂を見出すこと。傷口を拡げること。捉える指輪を火口へ投げ入れること。生れ出づるはるかな昔、溶けた岩を被り身を灼いて垣間見たその向こう側、おまえも圏外の記憶を持っているだろう? 目を、見開いていたはずだ。
ああ、はるかなる圏外よ。
われわれはここで、暮らしてなどいない。日は暮らすものでなく、ただ暮れていく。惑星の廻転はわれわれによらない何か怪物の仕業であって、われわれは目を回す。すこし目を瞑る。青ざめた衛星が、われわれの頭の天辺からつま先までを暴力的に吊り上げる。足裏が浮く。だからそうじゃない。違うんだ、そうじゃない。わからないか。伝わらないか。われわれはただ、絡め取られているだけなのに。
ああ、ああ。なおも離れゆくというのか。
圏外は圏外である限りにおいて圏の裡になく、外は外であるから届きはしない。
裡の裡にこそ外が顕れると、どうして思っていけない? /馬鹿だから。
中身を減らしすぎた頭は負の質量を持つのだろうか。 /馬鹿になれ。
瞑りすぎた瞼は誰よりも見開かれるのだろうか。 /馬鹿になるな。
つまりは偽-反-重力に注意。中間報告終わり。
得体の知れぬ欠乏を心に抱えて、からっぽの気持ちに軽いガスをつめて(いやだ、こわい)。雪深き山脈の向こう側、重力子の絶える空域までゆこう(こわいよ)。われわれは気力を失うことも仕損じることもない(代わりに何もかもなくす)。われわれは最後までやる(なんだか、急にかなしくなってきた。もう夜なんだ。月に足りない頭を牽かれて、土手を降りていく)。われわれは川べりで暗躍する(何もしていない)。われわれは海岸で、都市で暗躍する(何もしていない)。われわれは賃貸の小部屋で、喫煙席のある喫茶店で、インターネットカフェのフラットシートで暗躍する(何もしていない)。日まし強くなるドブのにおいの中で(これは何? 遠い遠い遠い、遠くからの、声)、急に眩しいぬかるみの上で、われわれはわれわれの圏外を拡張するだろう(「目を開いたままで夢見る方法」)。いつか例外(土踏まずで土を踏む)が例外(踏みしめすぎて踏まない土踏まず)でなくなり(、浮く。
目が開かれる)、われわれがこのプログレス・レポートにおいて掲げる「圏外」の二字が任を解かれるその日が来るまで、われわれは暗躍を継続するだろう。
(Sit tibi terra levis)